「アンタさぁ、一体何言っちゃってるわけ? 愛情が減退しないように彼女を殺した? 彼女の愛情は死んだ時点で停止したと思っちゃってるわけ? 随分とまあおめでたい頭してんのね、アンタは。もう彼女には愛することも憎むことも出来ない。感情も愛情も何もかも、アンタが身勝手な理由で奪っただけにすぎない。彼女はもう、愛しているということは無いし、アンタの身体に触れることもない。あとは焼かれて灰になるのを待つだけ。地球上どこを探してももう、彼女の意思も思いなんてものはありはしないの。わかるわよね? アンタ、好きなのよね、彼女のことが。好きで好きで仕方が無くて殺したのよね? だったら今でも彼女を愛しているわよね? 愛せるわよね? 彼女の愛情が最高潮で停止しているなら、その愛情にアンタももちろん応えることが出来るわよね? 喋ることが出来なくても、身体が熱を失っていても、それでも愛しているのよね? だったら今から彼女のところへ出向いて、愛し合うことぐらい余裕よね? いつものように彼女と口唇を、身体を重ねることが出来るんでしょ? 物言わぬ骸になった彼女に優しく語り掛けて微笑んで、アンタは喜びで満たされながら彼女を愛することが出来るんでしょ? 愛を計るようなことをするアンタだし、立会人とか必要だったりするわよね。いいわよ、見ててあげるから彼女を愛してあげなさいよ。愛おしく狂おしく彼女を愛してみせなさいよ。出来るんでしょ? アンタの愛情は衰退せずに今も成長しているんでしょ? 出来るわよね? 出来ないの? なんで? 愛しているんでしょ? なんで出来ないの? 死んでるから? 死んでるもなにも、殺したのはアンタ。アンタが彼女を殺したの。身勝手極まりない理由で。もう、彼女の愛情なんてどこにも無い。あるのはアンタのエゴだけ。彼女の愛情が衰退していくのが怖かったって言ったわよね? じゃあ何でアンタが死ななかったの? アンタが死ねばアンタの愛情は今のままで残るんでしょ? 永遠に彼女を愛することが出来たのに、何でアンタは生きてんの? そう、アンタは死にたくなかったんでしょ。彼女を殺しても、自分が死ぬのは嫌なんでしょ。ここでアンタにナイフを差し出しても、彼女の後を追ったりなんか出来ないんでしょ。アンタの愛情はその程度。わかる? わかるわよね、そうやって涙を流すくらいなら。泣いても喚いても彼女が生き返ることは無い。アンタが殺した。アンタがその手で、彼女の愛情もろとも全てを奪った。そうやって少しでも後悔出来るなら、死ぬまで一生そうやって後悔し続ければいい。いいや、後悔し続けろ。アンタが死ぬその最後の瞬間まで悔いて悔いてそして死んでいけばいい。殺すぐらい愛していたなら、アンタが死ぬまで彼女を想うくらい容易いことでしょ? だから、最後の一瞬まで後悔しながら、彼女を愛せ。もう彼女の想いはアンタの中にしか無いんだから。その想いに応えてくれることはなくても、愛せ。もしそれが出来なかったら、アタシはアンタを許さない。わかった? よし、悦子、行くわよ!!」
「えっ? あ、は、はい!? ま、マスター、ど、どこへ!?」\
胸に刺さるような言葉を連ね終えたマスターは、そそくさと広間を後にしようと歩き出してしまいました。受子さんは任せてくれて構わない、その言葉に安堵しつつ、覚束ない足取りで、私もマスターの後を追いかけます。そのとき、涙を啜る音が耳について離れませんでした。
「まったくもう!! 何でアタシが説教しなきゃないのよあほらしい!! 風呂よ風呂!! こういうときは風呂に限るわよー!」
「え、ええ、お供しますが……警察の方がそろそろいらっしゃるかと思いますが……」
「大丈夫、風呂に入ってれば連れて行かれないでしょ」
「それはそうだと思いますが……着替え等も――」
「いいからいいから、マスター命令。何とでもなるから付き合いなさい」
「はい。かしこまりました」
早足で廊下を歩くマスターの表情も声も、それはもう普段と変わりの無いものです。あえて体温やらで推測するという出刃亀は致しませんが、普段どおりさが逆に心配になってしまうというのもあります。
あそこまで他人に強く言うマスターというのは記憶にある範囲で拝見したことがありませんでしたので、私はどうすべきか、どうするのが最善か考え、思考回路をフル回転です。
「……永遠に一緒になんて居られないんだから、1秒でも長く一緒に居られたほうが幸せなのに」
「ですね。ですが前提が間違えていますよ、マスター。マスターも私も、いつまでも一緒ですからね」
「はははっ、そういえばそうか。まあでも、アタシより1秒で良いから長生きしてよ、悦子は」
「……マスター命令ならば仕方ありませんね。マスターのメンテナンス次第という感じも致しますが」
「うむ。アタシもしっかりしなきゃならないな。というわけで、とりあえずは風呂!!」
「ええ、お供いたします」
マスターの笑顔に浮かんで見えた涙は気のせいだったのか、そのときの私には知る由もありませんでした。
「ねえ、悦子。さっきから何物憂げな表情してんの? 思い出し笑いとか、気味が悪いんだけど……」
「あ……マスター、おはようございます。いつの間にか起きていらしていたんですね」
「うむ。起きたら悦子がぼーっとしてたから、それをぼーっと見てた」
「左様でございますか。あまり見つめられるとメイドといえども照れてしまいますよ」
「メイド関係なく照れると思うけど、そこは。それはともかく、寝なおす!!」
「はい。きちんとセーブをなさってテレビを――既に済ませているとはマスター、さすがです。それでは床へと参りましょうか」
「よし。あ、そのまえにトイレ」
「畏まりました」
マスターがお手洗いのために席を立つのを見届けてから、ネックレスに手を掛けそれを定位置となった置物の首に掛けてスタンバイオーケーです。
メイドではありますが、私は多少欲張りです。やはり私は、永遠よりも長くマスターの隣でお仕えしたいと思いつつ、電灯の紐に手を伸ばすのでした。