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―――コンコン。
「失礼するよ。はい、お見舞い。今日はブラック。キミも私も一番好きなコーヒーだね」
―――そう、だな・・・
「隣、失礼するよ。はい、どうぞ」
―――ありがと。色も味も、今日にぴったりだな。
凛花はいつもと変わらない。
なぜそこまで強く居られるのか。
「目に見えて神妙だね。話、聞こうか。聞くだけになるだろうけどさ」
―――・・・分かってるんだよな、多分。なぜ悩んでいるか。
「おおよそ、ね。キミが生きていく意味が私の生きてきた意味だから」
―――今なら間に合う。僕は良い。逃げて凛花が生きてほしい。
「言われると思っていたよ。でも、私は逃げないよ。一番大きな意味を失ってまで生きる価値が無い」
―――生きていけば、価値なんていくらでも見つかる。
「そう、だろうね。正直さ、私ももっと生きたいし、外の景色とか見てみたいとは思うよ」
―――本心がそれなら、僕は構わない。
「だけどさ、一番大きいのは、キミに生きて欲しい。本当にこの身に代えても、ね」
―――そう、か。言い出したら曲げないよ、な。
「曲げないね。本当に楽しかったよ、キミと過ごした時間は。ありがとう」
―――それは僕もだけれど・・・だけど。
「ありがとう、本当にこの一言に尽きるかな。共有した時間は、絶対に忘れない」
―――忘れられるわけないだろ。忘れられるわけ・・・
「若干考え方に差異があるのは面白いよね。殆ど同じなのにさ」
飄々とした物言い、態度。
もう会えない寂しさ。
僕の為に終わる彼女の世界。
「それじゃあ、早いけど失礼するよ。長居すると、ね」
―――最後にもう1度だけ聞く。本当にいいのか?
「うん。次があったなら、違う人間に産まれて、キミとまた出会ってみたい、かな」
―――凛花・・・ごめんな。
「謝る必要なんて無いからさ。じゃあ、私はお暇するよ」
目を見ることが出来なかった。
立ち上がる彼女。かける言葉も見つからなかった。
「じゃあね、バイバイ。本当にありがとう」
僕にとって、そのドアの閉まる音が全ての終わりに聞こえた。
fin