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今日も早々に仕事のノルマが片付いた、というか片付けた。
最近、凛花が来る時間までにすべて終わらせておくようになっている。
それだけ自覚がそんなに無いとはいえ、彼女の訪問を楽しみにしている自分に少し驚いた。
ただ、彼女が何者で何の目的があって、と言うのは未だに図りかねる。
そろそろだいぶ砕けてきたと思うし、聞いてみても良い頃合か。
―――コンコン
「失礼するよ。今日も良い天気だね。はい、お見舞いだよ」
―――ありがとう。相変わらず気分に合わせてくるね。ぴったりだよ。
「どういたしまして。なんとなく、だけどね。私にはわかるのさ」
―――そういうの、多いな。考え方も似てるし。
「そうだろう、ね」
―――珍しく歯切れが悪い物言いだな。何か理由でも?
「その前に、隣、失礼するよ。はい、微糖のコーヒー」
―――どうぞどうぞ。いただきます。
いつものように、僕の隣に腰を下ろす凛花。
今日は何か僕の疑問をぶつけてみても良い、そんな気がした。
すっきりした甘みと苦味が脳にそう語りかけている、なんてこともないだろうけれど。
―――凛花さんって、どう聞いたら良いかわからないけど、何者? 上手い聞き方見つからないから直球だけど。
「そろそろ聞かれるかな、と思っていたけどね。隠していたつもりも伏せていたわけでもないんだけどさ」
―――濁すね。答えられないなら無理には聞かないけど。
「でも気にはなる、よね。それを答える前に、キミの病気の治療方法は?」
―――クローン臓器を使った移植手術、のはず。今は普通だけどね。
「臓器だけを複製するより、丸々複製して使うほうが効率的、らしいよ」
―――それは初耳。でも色々難しい問題があったよね。人としての人格が出来る確率・・・
言いかけて答えに突き当たった。
凛花の目もそう言っている。
まさか彼女が僕の。
「そう、クローン。意識が芽生えたのはキミが入院してすぐ位かな。滅多に無いことだから管理室は簡単に出られるんだよね」
―――そう、なんだ。驚いたのもあるけど、逆に色々納得した。
意見の一致の多さ、どこかで見たような面影。
性別こそ違えど、僕との共通点は言われてみるとかなり多い。
性格も趣向も、よく一致している。
「目覚めてキミの名前を見つけてね。どんな人なのかな、と思って好奇心が出たのさ」
―――なるほどね。僕は貴重な体験してるわけだ。
「そうなるね。私もバレたら来られなくなりそうだから、秘密にしておいてくれると助かるよ」
―――了解。僕も興味があるし、言わないよ。
「ありがと。一応素性明かしたわけだけど、何か質問あれば受け付けるよ」
―――そうだなー、とりあえずは・・・
結構いろいろと聞くことが出来た。性別の差異は稀にある現象らしい。
急速に成長させて、患者の年齢に合わせて強制的に成長を留める、だから生後は僕が手術が決まった6ヶ月前後。
稀の稀なことで、管理も甘く、この時間なら抜け出してもバレない。
洋服は職員のものを拝借、コーヒーも同じ。
出入りが多い病院だし、検体の顔なんて知ってる人のほうが少ないから何も怪しまれないこと。
記憶はゼロに近いが、思考と性格は既に出来上がっているという話。
面白いと思った。
ただ、役目を終えると処分されるだろう、と言うのを聞いて胸が痛んだ。
なるべくなら苦しまないような方法で・・・
「そんなところかな。興味本位で来てるけどさ、良かったよ。本当にさ」
―――僕も何か良かった気がする。貴重な経験というか、形容しがたいけど。
「私も何が良かった、なんて形容できないけどね。良かったとは思うね」
―――あはは。やっぱり似てるなあ。そりゃゲームも五分なわけだ。
「だね。今日は遊べなくて残念だけどね。そろそろお暇するよ。少し長く居過ぎたし」
―――結構話し込んじゃったからね。時間があっという間だったよ。
「そう、だね。いつもより長く居たのにいつもより短い感覚。それじゃあまた明日、ね」
―――また明日、ね。
振り返らず部屋を出る凛花。
いろいろ話も聞けたし疑問も氷解した。
自分とほぼ同じ人間と話す、不思議な感覚だけれど面白い。
なんとなく、今日の凛花の背中と自分の背中が重なって見えた。